フェリ−について・1

えめらるどおきなわ
博多−那覇(主航路)
鹿児島−那覇・那覇−宮古−石垣就航以来


引退まで博多航路に多大な功績を与えた船。
今の博多−沖縄の貨物需要の基礎を長年かけて
築いた。
修学旅行・少年の船等で地味な航路ながら
皆の思い出に残っている船ではないかと思う。
6150t
クイ−ンコ−ラル(初代)
鹿児島−奄美−徳之島−沖永良部−与論
−沖縄
航路 照国郵船(現マリックスライン)



当初は、乗用車の積載と旅客に重点を
置いていた為、プ−ル・木甲板等を備えていたが
、航路事情に終始苦戦を強いてプ−ル閉鎖−
コンテナ置場、後部ランプウェイを大型用に
改造取付等の改良を加える。本船を売船目的に
ニュ−クイ−ンを建造するがQE.2が売れた為
一度引退後カムバックした。
ニュ−クイ−ンコ−ラル
同上航路



照国郵船がクイ−ンコ−ラルより始まった.
旅客重視スタイルから航路事情に戻った
貨客フェリ−。しかしながら写真でも分かるように
スタイルには特別のものがあった以前の
貨客船運行時代より船首形状には本当に
船に対するデザイン主張を見れると思う。
これはQE1/QE2/NQEに見える舳先の鋭さには
自分は船のかっこ良さを思う。
さんふらわあ(大洋フェリ−時代)
苅田(北九州)−大阪南港



言わずと知れた、さんふらわあ5姉妹の長女であり
日本に最後まで定期航海し続けた偉大な
フェリ−である。左記は大洋時代の絵葉書より引用。
日本高速Fより譲り受けたと同時に船体を
パ−ルホワイトに塗り、ひまわりマ−クを蛍光色
ぽっく塗り実に鮮やかな船となった。大洋時代に
、船尾中央にランプ追加その他改造はあとで。
くい−んふらわあ・2
大阪−高松−今治−松山−別府
関西汽船パンフレットより引用。



元のクイ−ンコ−ラル2で関西汽船就航時に
後部ランプゲ−ト中央部追加後部サイドゲ−ト
左舷より右舷へ移動改造。船内に初めて、
FMミニステ−ションを開設しDJが放送をしていた。
元沖縄航路なので波穏やかな瀬戸内では揺れが
少なく良かったはずだが寄港地が多すぎて
航行時間が他船に比べ著しく掛かるのが敬遠された。
さんふらわあ2(関西汽船時代)
阪神−別府



SF/0と同じ経緯を経て関西汽船へやって来た。
最終的にこの航路が同一航路では一番長く
就航出来たのは、関西汽船の旅客対応と
観光色の残った航路とのマッチングでしょうか?
大洋時代に屋外から屋内に改造されたプ−ルも
晩年使用してはいない様でした。また、大洋時代に
後部サイドランプを外した事で別府での車両
乗り入れに時間を要するたむ右舷前サイドランプを
追加した。ひまわりマ−クは見てのとおり
鮮やかである。