海外船の乗船記特集

2001年元「第三十二阪九」


2001年フィリピンスイートクルーズ2乗船記
三上さんより

 
昨年末よりまた飽きずにフィリピンに行ってきた。今回の目的ももちろん『船』だ。
セブ~マニラ間のフェリーをチョイスした。前回は、マニラ~セブ間のWG&A社の船に乗船した
ので乗り比べがしたくて大手3社の内のもう1社のネグロスナビゲーション(以下N.N)を選んだ。
ところで、昨年9月にフィリピンではとても大きな海難事故がおきている。スルピシオラインの
大型フェリー『プリンセスオブジオリエント』(元ブルーハイウェイライン『さんふらわあさつま』)が
台風通過中のマニラ沖で沈没。約250人が犠牲になったというものだ。
私は、この事故を聞いてからスルピシオラインは諦めようと思っていた。そしてちょうど
私のスケジュールと合ったN.Nを選んだのだ。

 出港は、1月2日(土)午後2時。セブのC.I.P(セブインターナショナルポート)より出港する。
この日は、曇りがちな天気だが、湿気が多いせいか南国らしくとても蒸し暑い。
C.I.Pには、タクシーがエントリーできないので(治安の関係らしい)ゲート入り口より荷物を抱えて
歩くことになる。大勢の乗客が歩いていく。年末年始を故郷で過ごしたのか乗客は多いようだ。
中のチェックポイントでポートエントリーフィー(一人10ペソ=1ペソ3円)を払いチケットを
チェックされていよいよ岸壁に入ることができる。しかし暑さのせいかもう疲れてしまった。
ここから船までは、シャトルカーで移動。大勢の客と船に向かう。およそ2~3分で私が
乗船する船が見えてきた。




船名は、『ST PETER THE APOSTLE』 で元阪九フェリーの『第32阪九』(1976年竣工)だ。
古い船だが、塗装などとてもきれいに蘇っていてさすがはフィリピン。
荷物を抱えて乗船口に。大勢の乗客でとても騒がしい。日本では考えられない風景だ。
スタッフにチケットをチェックしてもらっていよいよ粗末なタラップより乗船。すかさずクルーが
近寄ってきて荷物を運んでくれる。
階段を上って船内へ。エアコンの効きが完璧で快適。そしてレセプションへ行きパーサーに
チケットを見せてルームキーを受け取る。そのルームキーをクルーが持って予約してあった
スイートルームN.O,2へ向かう。
一番上のデッキの右舷側でドアを開けて荷物を入れてくれる。「なにかありましたら私、
ジャーニーにお申し出ください。」と言って挨拶。とても親切で気に入った。
さて、私の部屋の造りだが、ワンルームでダブルベットが真中にどかんとひとつ、ソファー、
ライティングデスク、テレビ、冷蔵庫、バストイレ付。インテリアは、『カーサメキシカーナ』と言う
キャビン名らしくメキシコ風。窓もあるが外は、オープンデッキになっていてまた
スモークガラスでもないので外からは中が見えてしまうのでオープンとはいかないが、
ワンナイトクルーズとしては十分過ぎるくらいだ。エアコンの効きもよい。
これで2食ついて1150ペソ(約3500円)なので嬉しくなってしまう。ちなみにデッキのベットで
722ペソなのでさほど差はない。

 乗客の乗船が続いている。私は、出港までの約30分、恒例の船内探索に向かう。
上からA,B,CデッキでまずAデッキは、ブリッジ、オフィサーズルーム、そしてスイートルームが
4室(シングル3室、ツイン1室)、右舷側に『マゼランラウンジ』、
その後ろに『ワイルドウエストレストラン』(1等用レストラン)、外のデッキは、エコノミーデッキ。
Bデッキは、前方が、アドミラルクラスルーム(特等)、右舷側中央部に『イスタンブルラウンジ』、
中央がエントランスでインフォメーションとショップがある。その後ろに左舷側が
『スイスヴィレッジレストラン』(スイート、特等用レストラン)、右舷側が『チューリップレストラン』
(2等用レストラン)。その間のインサイドに『バーニニバー』、その後ろは、エコノミーデッキ。
そしてCデッキは、前方が『タタミクラス』(2等大部屋)、浴室、エントランス、
ツーリストクラスルーム(2等寝台)、後方がエコノミーデッキだ。クリスチャンのお国柄、
チャペルもある。阪九フェリー時代に乗船したことはないが、かなりの改造がされている
ようでインテリアなどは派手であったりゴージャスだったりで豪華船に蘇ったように感じた。


 出港の時間が近づき、パーサーにブリッジに案内していただく。
ブリッジでは、既に7人のクルーがスタンバイ。そしてキャプテンに挨拶。
名前は、キャプテン ラフィーノ。白い制服がとても凛々しい。ブリッジは、全体に木を多く
使っていてやはり改装されているようだ。前面センター頭上には、小さいながらも
キリストの木像まである。
そして2時15分、予定より15分遅れでキャプテンより出港の指示がでる。キャプテン、
チョッサー、クルーがブリッジウイングに出る。ブリッジには、クルーが3人。やがてホーサーが
はずされてアンカーを巻きながらバウスラスターを使って離岸。キャプテンの指示がブリッジ
入り口のクルーを介してブリッジ内のクルーに伝達されて行く。ちょっとした緊張感だ。
しかしそんな中でも音楽好きなフィリピン人、ブリッジ内は、心地よいBGMが流れている。
離岸してキャプテンがブリッジに戻る。ハーフアヘッドで進む。港内は、小さいバンカー
ボートから離島に行く高速船、またフェリーなどがひっきりなしに行き交う。私は、
岸壁に着岸している元日本のフェリーの写真を撮り捲る。何度かセブ港には訪れているが、
今回、なんと元小笠原海運の『小笠原丸』を発見。とても興奮。現在は、スルピシオラインの
『プリンセス オブ ザ カリビアン』でセブとミンダナオ島を結んでいるそうである。
元気な姿に感動を覚える。さて、本船は、やがて15分ほどで沖防波堤を交わしてフル
パワーで左にマクタン島を見ながらマニラに向かう。波は、ほとんどないようだ。

快適なクルーズになることだろう。その後、しばしキャプテンと恒例の船談義。
私のつたない英語にも快く受け答えをしてくださる。お聞きしたところ今回の乗客は
、1007名(定員2043名),コンテナーは、180個、またクルーは、ホテルスタッフも含めて115名。
日本から持ってきたフェリーのパンフレットなどを差し上げた。その中に本船の阪九時代の
写真があったので、すかさず発見したキャプテン.他のクルーを呼んでなにやらと賑わう。
そして現在の阪九のフェリーを見て「次は、この船を購入しよう!」 とジョークも出た。しばらく
話した後、気に入っていただけたのかキャプテンがチョッサーに指示を出して、私を船内見学に
案内して頂けると言うので快くお受けすることにした。チョッサーのアルベルトに付いて早速、
船内ウォッチ開始。私個人では、既に回っていたが、今回は、説明付だ。本船は、
キャビンはじめほとんどの公室に国やそれぞれの国のスタイルなどの名前がついている。
例えば、私の部屋は、メキシカンだが、スイートは他に『一番スイート』(日本スタイル)、
『インペリアルチャイナ』(中国スタイル)などがありアドミラルクラス(特等)にもタイ、マレーシア、
ベトナムなどの名前がついていた。個室は、フルブッキングだったので、中を拝見するわけには
いかなかったが、改装するほうとしては、けっこう手間がかかったのではないだろうか。
チョッサーはとても親切でほとんどのところを案内してくれて、また律儀でクルーに出会うと必ず
紹介をしてくれる。恐縮してしまう。エントランスのところに自動航路案内板があり本船の進む
ルートを灯りがついて示してくれる例のものがあった。




ここで私は、昨年のスルピシオラインの沈没の件について
質問をしてみた。チョッサーは、早速答えてくれた。あの時は、ちょうどシグナル1
(フィリピンの台風の強さのランクで1は、一番軽いもので風速が秒速16.7Mになることが
予想されるとき発信される)でこの状態のときは、普通は、航海をするそうである。事実、
本船も航海をしていたらしく、それほどの波でもなかったらしいが、マニラ湾を出たところは、
風をさえぎるものがなく波が高くなりやすい場所らしい。沈没したところもちょうどその辺りで
直接の原因は、ラッシングの問題だったようだ。その結果、荷崩れを起こして沈没した
ようである。スルピシオラインでは、1987年にも事故を起こしているので今回の事故で
倒産に追い込まれるのではないかと言う私の質問にチョッサーは一言、「ナッシング」。
オーナーは中国人で金持ちなのでそれはないだろうとの事だ。 いろいろな話をしながら
30分ほどの船内ウォッチも終わりブリッジに戻る。現在、時刻は午後4時過ぎ。船は、21ノットの
スピードでマニラに向かっている。その後、キャプテンルームに招待される。ブリッジのすぐ
後ろで、なんとキャプテンは、コンピューターマニアだったのだ。部屋のほとんどを
コンピューターが占めている。スキャナーはじめあらゆる周辺機器がそろっている。
キャプテンはそれを私に自慢そうに説明をしてくれる。私もコンピューターを使っているが
ビギナーなのでいろいろと勉強になった。「今度、メールの交換をしましょう!」の私の質問に
「船上なのでそれだけができないのですよ」ととても残念そうだった。30分ほどお邪魔して
キャビンに戻った。 

 キャビンでテレビでも見ようスイッチを入れたが、どこのチャンネルも映らないので、
結局ベットでうとうと。その後、戸を叩く音で目が覚める。「お食事は、済まされましたか?」
スチュワードのジャーニーだった。時間を見ると午後7時20分。慌てて
『スイスヴィレッジレストラン』に向かいディナーを取ることにした。
なぜならラストオーダーが8時までと聞いていたからだ。



『スイスヴィレッジレストラン』は、40人ほどが座れるが、お客は、私を含めて7~8人だった。
造りは、名前のごとくパイン材をふんだんに使った山小屋のレストラン風だ。食事は、
料金に含まれているのでここではチケットをチェックされるだけだ。3人のフィリピン人が
サービスをしてくれる。料理は、彼らが運んでくる。楽しみな初日のディナーは、骨付きチキン
スープ、そしてプレートに乗ったビーフストロガノフ風、野菜の炒め物、ライス、そして輪切りの
パイナップル。私は、少々足りないと思い、アラカルトメニューよりエビのテンプラ(95ペソ)を
追加オーダーした。まずは、サンミゲルビールで乾杯。そして早速、スープ、そしてメイン
ディッシュ、味も量もなかなかなもので、その後、テンプラも出てきたが、多すぎて残して
しまった。一人で食べているとスタッフが声をかけてきたのでその後、トークタイムになって
しまった。彼の名前は、ロメォタン君、まだ21歳。現在は、この船のレストランのウェイターだ。
サービスクルーのほとんどが、6ヶ月契約のいわばアルバイトで、月給が4000ペソ
(約12000円)ほどでとても安いのに驚いてしまった。現在、フィリピンで生活するには
8000ペソはないとできないので、あまりにも安すぎる。6ヶ月後には、再契約もできない
かもしれないので、とても不安定だ。「日本の船会社で働きたい」と言っていた。

 レストランを後にしてビンゴゲーム大会があるというので、Aデッキのラウンジバーに
行ってみる。既に3~40人の乗客が居てとても盛り上がっている。皆ビールやジュースを
飲みながら今遅しとゲームの開始を待っている。やがてアナウンスによりビンゴ大会のスタート。
カードが渡される。内容は、日本と一緒のようだ。賞品は、オリジナルグッズ、往復乗船券など。
結局1時間余りかかって成果なし。その後は、カラオケタイム。がっかりして今度は、
バーに向かう。
 バーは、インサイドにあり内装は、ヨーロッパ風で落ち着いた雰囲気だ。
アルコール類は、ビールしかないようなので、仕方なくビールをオーダーする。マニラに
住んでいるという学生二人とフィリピン、日本のことでトークタイム。ビールもすすみ結局、
5本を空にして、しめて150ペソ(450円)。時間を見ると既に午後11時半。よろよろしながら
キャビンへ戻りストレートにベットへ。

  翌日、午前8時に起床。シャワーを浴びて朝食を取りにレストランに向かう。既に
皆済ませたのか空いている。「グッドモーニング、ミカミサン!」とロメォ君。また
トークタイムが始まる。さて、朝食のメニューは、コンビーフと玉葱の炒め物、目玉焼き、ライス
、プリン、そしてコーヒー。ロメォ君は、ネグロス島のバコロドに住んでいるそうで、今度再会
するのを約束してレストランを後にする。
  マニラ入港は、午後0時の予定なので、クルーズも
あと3時間あまり。
船内あちこちを再びウォッチング。今回の航海は、約1000名の乗客で、
定員の半分しか乗っていないが、エコノミーのデッキなどは、人であふれている。一番安い
エコノミーとスイートの差額は、約1200円あまり、食事のメニューも一緒なので、スイートの
ほうが勿論快適だ。
しかしフィリピン人とのふれあいを求めるなら断然エコノミーだろう。しかしエコノミーを
選ぶにはちょっと勇気が要るかもしれない。なぜなら日本人は、ほとんど乗船していない
からだ。とても目立ってしまう。ほとんどの人は、英語をしゃべるがフィリピン語が達者で
あればとても楽しいだろう。私は、何度かフィリピンを訪れてはいるもののエコノミー
選ぶには、もう少しフィリピン語を勉強しなければならないと思う。



 ウォッチングも終わり再びブリッジへ。10人ほどのクルーでとても賑やかだ。
「予定より1時間くらい早く到着予定です。」チョッサーが教えてくれる。前方には既に
かすかにマニラの高層ビル群が見えてきた。波もまったくなく湖上を航海しているようだ。
21ノットの全速航海で、マニラを目指す。
やがてマニラ港外にさしかかり無線で本船の入港の許可を得る。港外には、さまざまの
国の貨物船が錨箔している。マニラには、南港と北港がありほとんどのフェリーが北港
(ノースハーバー)を利用している。北港には、突堤が20ほどありネグロスナビゲーション
専用バースは、港の一番奥のピア2になつている。10時20分、沖防波堤を通過。速力は、
13ノット。前方には、WG&A社の『スーパーフェリー5』(元『はこざき』)が先行している。
港内は、以外と広いので、着岸間近のS.F5を追い越す。左舷前方からは、
『プリンセスオブザワールド』(スルピシオライン、元『まりも』)がセブに向けてスピードを
上げてそして本船の左舷を通過して行った。デッキには、大勢の乗客で、昨年の沈没騒ぎも
関係なさそうだ。速力も10ノットほどに落として慎重に進む。
ピア2には、既に『サンタアナ』(元『にちなん丸』)が着岸している。クルーは既に配置に
就いてキャプテン、チョッサー、クルーもブリッジ右舷ウイングへ移動。岸壁も間近だ。
スターンにタグが一隻、ゆっくり近づく。アンカーが打たれて、着岸。ホーサーが前と後ろ
3本づつ張られて「オールフィニッシュ」。時刻は、10時45分。定時より1時間ちょっと早く
着いてしまった。マニラは、セブより湿気があるせいかとても暑い。キャプテンはじめクルーに
御礼をして重たい荷物を持って下船。今回もとても楽しいクルーズができた。




船は、古いけどスタッフがとても親切なので、とてもエンジョイできた。次回は、
あのスルピシオラインにチャレンジしようと思う。最後に
あの『美々津丸』がネグロスナビゲーションに売却されて今年の年末より運航されるそうである。フィリピンもいよいよスピードの時代に入ってくるのだろうか。
尚、2社のホームページがあるので一度ご覧頂きたい。

ネグロスナビゲーション http://www.negrosnavigation.com

WG&A           http://www.wgasuperferry.com


  終わり



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